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7話 ミリアからの食事の誘い

Author: みみっく
last update Last Updated: 2025-06-25 07:00:43

 ミリアは潤んだ瞳で俺を見つめた。その視線に、俺は少しだけ心が揺らぐ。まるで子猫のような上目遣いだ。

「貴族の礼儀とか作法とか知らないし……疲れそうだしさ」

 俺は正直な気持ちを伝えた。堅苦しい場は性に合わない。投獄されて疲れた上に、さらに疲れる食事は勘弁してほしい。

「そんな。わたくしの命の恩人様に、そのようなことは求めてはおりませんし……。どうしても、お礼がしたいだけです。命の恩人にお礼もせずに帰してしまっては、わたくしの家の恥になってしまいます。食事だけでもいかがでしょうか?」

 彼女は必死に食い下がる。その言葉からは、貴族としての矜持と、純粋な感謝の気持ちが伝わってきた。これ以上断っていても、このまま付き纏われそうな気がする。

「分かった……そのお礼だけで、もういいから」

 俺は観念して頷いた。一度きりなら、まあいいか……と応じた。

「はいっ♪」

 ミリアは嬉しそうに、まるで花が咲いたかのような笑顔を見せた。そして、俺の腕を組んでそのまま馬車に乗せると、町の中にある巨大で豪華な屋敷へと連れてこられた。馬車の揺れが心地よい。

「うわぁ……」

 俺は思わず息をのんだ。町の中なのに、こんなに大きな屋敷で、庭も広いし静かな環境。芝生の青さが目に眩しく、手入れの行き届いた植木が並んでいる。鳥のさえずりが微かに聞こえ、喧騒から隔離された空間だ。羨ましいなぁ。まあ、俺のテントの周りも静かな環境で庭も広いぞ、豪華じゃないけどな……。

 屋敷の門を警備の兵が開けると、馬車はそのまま中を通り過ぎ、広々とした敷地を抜け、玄関前で止まった。その壮麗さに、俺は改めてこの世界のスケールの大きさを感じた。

 ——貴族の屋敷と予期せぬ求婚

 馬車が止まると、ミリアはにこやかに俺を見上げた。

「着きましたわ。ここは、わたくしの屋敷ですので気を使わずゆっくりしてお過ごしください」

 彼女の表情は、心底から俺を歓迎しているように見える。その澄んだ青い瞳は、純粋な好意を湛えていた。

「ん?ミリアのお屋敷なの?」

 俺は少し驚いたように聞き返した。町の中心にあるこれほどの大邸宅が、彼女個人のものだとは想像していなかったからだ。

「はいっ。わたくしの屋敷ですわ」

 ミリアは胸を張って答える。その仕草には、誇らしげな貴族の令嬢の風格が漂っていた。

「やっぱり貴族はお金持ちだなぁ……」

 俺が何気なく呟いた瞬間、周りの兵士やお付きの人が、一斉に俺を見つめてきた……と言うより、明らかに睨まれた。その視線は鋭く、肌に突き刺さるようだ。まるで、許されざる言葉を口にしたかのように。

「何で?」

 俺は困惑した。何か変なことを言ったか?ミリアは気にして無さそうだが……。彼女は俺の腕をそっと引いた。

「ユウヤ様こちらですっ♪」

 ミリアは俺の手を取り、腕を組んで屋敷の玄関へと誘う。その手が柔らかく、温かい。玄関に入ると、制服に身を包んだ使用人たちがずらりと並んでいて、一斉に頭を下げて俺たちを出迎えてくれた。彼らの整然とした動きに、俺は思わず息をのむ。

「うわぁ……映画やアニメの世界じゃん」

 俺に頭を下げてるんじゃなくてミリアにだろうけどさ。その厳粛な雰囲気に、途端に緊張が走る。まるで舞台のセットに足を踏み入れたような非現実感があった。

 応接室に通されて、ミリアと二人っきりになった。部屋は広々としていて、豪華な調度品が並んでいる。磨き上げられた木製のテーブルには美しい花瓶が飾られ、壁には見事な絵画がかけられていた。窓からは手入れの行き届いた庭園の緑が見え、外の喧騒が嘘のように静かだ。ふかふかのソファに体が沈み込む。

「え?何この状況って……なに?普通はリビングじゃないの?」

 俺は内心で混乱していた。日本の家屋のリビングとは全く異なる雰囲気と格式。まあここは異世界だし、元の世界の常識は通用しないよな。

 ミリアはソファに座り直し、改めて俺に向き直った。その青い瞳が、まっすぐに俺を見つめている。

「わたくしを助けて下さり有難うございました!」

 彼女は深々と頭を下げた。金色の髪がサラサラと揺れる。

「もう、それは良いって。何度もお礼は言われてるし」

 俺は少し照れくさそうに言った。

「そうですよね。何度も言われるのもご迷惑ですよね」

 ミリアは少し申し訳なさそうな顔をする。それから、そばにあったベルをチリンと鳴らすと、すぐにメイドが音もなく紅茶を運んできた。カップからは、芳醇な香りがふわりと立ち上る。

「随分と良い香りのする紅茶だな……」

 俺はカップを手に取り、その香りを深く吸い込んだ。鼻腔をくすぐる上品で複雑な香りは、前世で飲んでいた紅茶とは全く別物だった。紅茶ってこんなに良い香りだったっけ?俺が前世で飲んでいた紅茶の記憶と全然違う気がする。この香りを覚えておいて、後でゆっくり飲むか。

 メイドが出ていくと、向かい合わせで座っていたミリアが立ち上がり、ごく自然な動作で俺の隣に座ってきた。彼女の体がすぐそこにあり、甘い花の香りが漂う。

「うわっ。近いって……」

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